My Thoughts on the Bun Rust Rewrite - Andrew Kelley
I actually don't have any personal criticisms of Jarred. He has different taste than me, he wants different things out of life than me.
と書いてあるのが全てだと思う。
Zig と Rust のどちらが優れているかとか、Bun が良いソフトウェアなのかとかそういう話ではなく、Jarred の目指す価値と Andrew の目指す価値がそもそも違う、という話に尽きる。
Andrew は AI の生成したコードを理解せずに (十分なレビューをせずに) ソフトウェアに取り込むことに激しくストレスを感じるタイプだと思うが、だからこそ長期的な視点で Zig という言語を高いクオリティを担保しつつ提供し続けてられているとも言える。
対して Jarred はサービスのために適切にコストを抑えて開発速度を担保しながら JavaScript ツールチェーンの最先端を拓き続けている。
多少ベクトルは違えど、どちらも自分のソフトウェアのドメインに適した手法で価値を提供し続けている一流のエンジニアであることは疑いようがない。
僕個人としてはどちらかと言うと Andrew に近い考えを持っていて、自分が理解できていないコードが混ざるとモヤッとしてしまうタイプではある。
とはいえ業務で提供するソフトウェアにおいてはコードのクオリティを担保するだけではなく、開発効率やコストのために妥協するべき場面は多い。
例えば実装をミスったら人が死ぬようなソフトウェアを作っている場合はもちろん入念にレビューをする必要があるだろうが、実装をミスっても大したことは起こりませんというような場合はレビューの工数を削減して開発効率に充てたほうが良いケースは往々にしてある。
そういった条件次第では Jarred のような大胆さが必要なのだろうなとは思うので、ケースバイケースで柔軟にエンジニアリングに向き合えるようになりたいものである。
それはそれとして、Zig ユーザが作者の想定通り健全に Zig を扱ってくれることを願うのは現実的ではないんじゃないかな。
BDFL が意思表明をすることに意味がある、という話なのかしら。
何はともあれ話の流れが追いやすくて分かりやすい、いい構成の文章だなと思いました。こういう読ませる文章を書きたいものだね。





